身体表現性障害とは?
身体表現性障害とは、さまざまな痛み、苦しみを伴う症状が長きにわたって持続しているにもかかわらず、検査を行ってもその症状が説明できるような異常が見つからないという病気です。
この病気は1980年にアメリカ精神医学会の「精神疾患の診断と統計のためのマニュアル第3版」(DSM-3)で初めて登場しました[1]。
現在でも、精神科医を中心とした「こころ」の専門家が診療しています。つまり、症状は体に現れますが、多かれ少なかれ「こころ」に関連した病気なのです。
身体表現性障害は、いくつかのものに分類をされます。代表的なのは次のようなものです。
- 身体化障害
身体化障害では、長きにわたって、体の不調をいくつか訴えます。検査をしても、はっきりした異常は見つかりません。
なお、特に慢性的な痛みが症状の中心である場合、「疼痛性障害」と呼んだりもします。
- 心気症
自分が何か重大な病気にかかっているのではないかという考えに強くとらわれ、抜け出すことができません。
繰り返し、さまざまな検査を受けることを強く希望します。
- 転換性障害
立てない・歩けないといった運動の麻痺や、視覚・聴覚・触覚などの感覚の障害を訴えます。しかし、医学的には原因となる異常はありません。
混同されやすいものとして「心身症」があります。これは、何かしらの身体の病気があることが前提です。
その身体疾患の発症や途中の経過に、心理的な因子が関わっているものを心身症と呼びます。例を挙げると、ストレスで胃潰瘍が悪化する、とよく言われますね。
このように、身体の病気がこころに影響を受けている場合、心身両面からのアプローチが必要です。ただし、後述しますが、この「心身症」の取扱いには、変化があります。
考え方の変化から、最新の診断基準では身体表現性障害に近いものに位置付けられているのです[1, 2]。
身体表現性障害の特徴は?
まず、一つの特徴は、とても強い苦痛や機能障害を起こすような、何かしらの体の症状を訴えることにあります。
健康に関する不安は非常に強く、本人の実際の状態とは不釣り合いであることも特徴的です。症状による苦痛のため、日常生活には大きな支障を及ぼします。
そして、3つ目の特徴は「こころの病気である」ということを、なかなか患者さん本人が受け入れられないことです。
検査などの異常がないと言われても、本人はその結論に納得できません。
本来は精神科など、こころの専門家の診察を受ける必要があるのに、そこに至るまでに非常に時間がかかることが多くあります。
身体表現性障害の診断は?
身体化障害の場合は、
-
とてもひどい苦痛や機能障害を伴うような症状がある
-
症状を過剰に気にしたり、不安に思ったり、症状に対して過度の時間や労力を消費している
-
原則として症状が6ヶ月以上持続している
という3点が診断において必要です[3]。
心気症の診断においては、
-
自分は重い病気だと考えている
-
症状はないか、とても軽いものだけである
-
何度も検査を受けるなど健康に関して行き過ぎた行動をとる
-
症状は6ヶ月以上持続している
上記を満たす必要があります[3]。
転換性障害の場合は
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何らかの運動麻痺や感覚の障害が1つないし複数認められる
-
出現している症状が神経の病気を含めた何かしらの身体の病気では説明がつかない
この2つを満たすことが診断に必要です[3]。
身体表現性障害の別の言い方は?
アメリカ精神医学会の「精神疾患の診断と統計のためのマニュアル第5版」(DSM-5)では、「身体表現性障害」という病名は削除されています。
代わりに、「身体症状症および関連障害」という新しいカテゴリーに変更されているのです[4]。
また、代表的な下位の分類はそれぞれ
-
身体化障害(+疼痛性障害)→身体症状症
-
心気症→病気不安症
-
転換性障害→変換症/転換性障害
という名前に変更されています。名前以外にも、以前のDSM-4とDSM-5とではいくつか違いがあります。
例えば、DMS-5の「身体症状症および関連症群」の中には、「他の医学的疾患に影響する心理的要因」(psychological factors affecting otder medical condition)という疾患があります。
これは、「心身症」とほぼ同じようなものです[1,2]。
つまり背景に何かしらの身体の病気があり、ストレスなどのこころの要因がその病状に関わっているものが含まれています。
DSM-4の身体表現性障害では基本的に身体の病気がないことが大前提でした。DSM-5の身体症状症及び関連症群では、身体の病気があるかないかは重要視されなくなっています。
むしろ身体の症状を過剰に気にして、極端な行動をとることに重きをおいているのです[3]。
また、世界保健機関の国際疾病分類第11版(ICD-11)でも身体表現性障害は身体的苦痛症または身体的体験症群という名称になっています[4,5]。
なお、本記事では混乱を防ぐため、「身体表現性障害」という表記に統一していますのでご留意ください。
身体表現性障害の原因はあるの?
身体表現性障害は、はっきりとした原因や病態がわかっている疾患ではありません。
ただ、もともと、体のことや健康について敏感な性格の人、否定的な感情を持ちやすい人がなりやすいようです[1, 6]。
環境因子としては、教育歴の低い人や社会経済的な地位が低い人に多くみられます。
また、ストレスフルな経験をしたり、虐待を受けたりしたことがあると発症しやすいのです。
そして、ちょっとした体の変化などを心理的なストレスからと認識できず、体の病気に結びつけてしまうという考え方の特性も関与しています[1]。
このような背景に、家庭内や職場などでのさまざまなストレスが合わさり、発症するものと考えられているのです。
また、うつ病など他の精神疾患が隠れていたりすることもあります[1,7]。
身体表現性障害の症状はどんなもの?
体の症状として現れるものは多彩です。どこかが痛い、だるい、ふらつく、眩暈がする、歩けない、吐き気がする、痺れるなど、人によりさまざまな症状が現れます。
これが典型的というものはありません。一般的に病院にかかるような症状はなんでも出現し得ると考えてください[7]。
身体表現性障害の治療について
身体表現性障害の治療では、体と心の両方からのアプローチが必要です。感じている症状が完全に消えることを目標とするのではありません。
不安を和らげ、症状に関連する不適切な行動を減らすことで、日常生活を問題なく送ることができることを目指すのです。
どのような薬を使うの?
残念ながら、この病気の「特効薬」はありません。ご本人が困っている症状に応じて、治療を工夫していくことになります[8, 9]。
例えば、痛みが強いのであれば、以下のような、過剰な神経の興奮を抑えるようなお薬を検討することが多いです。
長期に続けるため、胃や腎臓を痛めやすい解熱鎮痛薬の連用は避けます。
〈痛みに対する処方の例〉
-
抗痙攣薬;神経の過剰な興奮を抑えるため、鎮痛補助効果を狙って処方されることがあります。
例えば、カルバマゼピン(テグレトール)というお薬は、三叉神経痛などに用いられています。 -
神経障害性疼痛治療薬;帯状疱疹後の痛み、椎間板ヘルニア、糖尿病の神経障害による痛みなど、さまざまな痛みに広く用いられているお薬の一つです。
プレガバリン(リリカ)、ミロガバリン(タリージェ)という2種類のお薬があります。 -
抗うつ薬;デュロキセチン(サインバルタ)は長く続く痛みにも効果があることがわかっているため、選択肢の一つです。
不安が強ければ、不安を抑える作用のあるお薬を考慮します。
〈不安に対する処方の例〉
-
ベンゾジアゼピン系抗不安薬;不安に対し、即効性のある薬剤です。
ただし、依存を起こしやすいため、専門医による慎重な調整が必要です。 -
抗うつ薬;脳内の「幸せ物質」であるセロトニンをはじめとしたいくつかの神経伝達物質の働きを高めます。
古くから使われている三環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、前述のデュロキセチンを含むセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などがあります。 -
抗精神病薬;元々は統合失調症の治療薬として使用されているものです。
特に、多元受容体作用抗精神病薬と呼ばれるタイプのお薬は情動を安定させる作用があります[9]。
ここに挙げたものはあくまで一例です。患者さんの状況に合わせて適宜お薬の調整がされていきます。
カウンセリングは行うの?
必要に応じて、心理士によるカウンセリングを行います。
何がストレスとなっているのか、どのような状況が症状を悪化させているのかを把握し、コントロールする方法を考えていきます。
他にどんな治療法があるの?
ストレスのマネジメント、リラクゼーション、悪化させる行動を把握するなどの目的で、精神療法を用いることがあります。
よく知られた精神療法に、「認知行動療法」があり、身体表現性障害にも有用だとする報告があります。
行動療法とは、「行動」を変化させるための治療です。問題を引き起こしている行動へアプローチし、適切な方向に変化させる訓練を行います。
認知療法とは、何かしらの出来事への捉え方すなわち「認知」に働きかける方法です。人間の気持ち・感情はこの認知により大きく影響を受けます。
認知のあり方を変えることで不安、恐怖、怒りなどのマイナスの感情を和らげ、問題解決につなげようとするものです。
ストレスを受けた時の問題となる行動には、そのストレスへの認知が関わってきます。
認知と行動は関わりが深く、この二つへのアプローチをまとめて「認知行動療法」と呼ぶこともあります。
認知行動療法にはさまざまな手法が含まれますが、代表的なものをご紹介しましょう。
- 暴露療法
不安を抱く対象にあえて向き合うことで、徐々に不安に慣れていくというもので、行動療法の一つです[3, 10]。
不安は、その対象を避ければ避けるほど、かえって悪くなってしまいます。そのため、まずは不安の程度の少ないものから、徐々に触れていくようにするのです。
ステップ・バイ・ステップで、刺激を強くしていき、徐々に順応できるようにします。
- 系統的脱感作法
身体の筋肉などを弛緩させ、緊張を和らげるリラクゼーション法がいくつかあります。系統的脱感作は、リラクゼーションが不安と拮抗することを利用したものです[3, 11]。
強い不安などが生じる場面を考え、不安の強さを点数化しておきます。
そして、リラクゼーション法により、緊張が取れている状態を作りながら、点数の少ないものから順に、不安が生じる場面を想像してもらうのです。
リラクゼーションが崩れなければ、少しずつ不安の強い状況に向き合えるようにステップアップします。
- バイオフィードバック
リラクゼーションのための行動療法の一つです。
筋肉が発する電気信号や皮膚の温度、血圧や心拍数など、体の緊張状態に左右されやすい情報を、モニターをつけて収集します。
収集した情報は数値やグラフ、光や音など、わかりやすい方法で、本人にフィードバックされるのです。
それを手がかりに、生理的な状態を自分で把握し、どうやってコントロールしてリラックスするかを学びます[12]。
- 認知再構成
認知再構成は、認知のくせに気付き、適切に対処できるように練習をしていくものです[3]。具体例を挙げてみてみましょう。
あなたは友達に道で出会って話しかけました。ところが、ひどくそっけない態度を取られたとしましょう。
あなたはどんな気持ちになるでしょうか。おそらく、悲しい、腹立たしいなど、ネガティブな感情が思い浮かぶことでしょう。
この時、あなたの頭の中では、「もしかしたら嫌われているかもしれない」と言う考えがよぎってきます。
認知再構成では、特定の状況で自然に浮かんでくる考え(この場合は「友達に嫌われているのかもしれない」)により、否定的な感情が湧いてくることをまず認識します。
この考えは「自動思考」と呼ばれるものです。
自動思考とそれに伴う感情が認識できたら、状況を客観的にみたり、さまざまな角度から俯瞰してみてみましょう。
そして、自動思考が本当に正しいのか、否定できる根拠がないかを探します。そうして、自動思考よりも適応的で現実的な思考(適応思考)ができないかと考えてみるのです。
例えば、「この間会った時はそんなことはなかった。今日は時計を気にしていたから、急いでいただけなのかもしれない。」というように。
そうすると、悲しかったり腹が立ったりという感情がいくぶんか軽くなるでしょう。
自動思考に気付き、適応思考ができるようになれば、ネガティブで悲観的な気持ちを軽くすることができます。
漢方薬で治療できませんか?
こちらもはっきりと「これが効く」というものはありません。状況と患者さんの希望に応じて、選択されることもあります。
例えば、怒りを抑える「抑肝散」、ストレスのある方に処方される「半夏厚朴湯」などが選択肢となることはあります[8, 9]。
身体表現性障害の治療期間は?
決まった治療期間はありません。お薬の治療だけではうまくいかないことも多く、根気強い通院が必要になります。
また、早く治したいと焦ることが逆効果になる可能性もあります。時間はかかるかもしれませんが、焦らずに治療を続けましょう。
身体表現性障害と診断されたときの仕事は?休むのはどのくらい?
休職についても、はっきりと決まったものはありません。主治医の先生と相談しながら決める必要があるでしょう。
もし原因が仕事上でのストレスにあるのであれば、休職期間も長期化する可能性があります。
身体表現性障害の家族の対応・接し方は?
家族が身体表現性ということがわかったら、まずは、きちんと受け止めて支えることが大切です。
この病気の患者さんは、自分の症状がこころの問題だと認識することがなかなかできません。
ですので、精神科・心療内科などの病院・クリニックに受診して診断がついたということは、大きな一歩なのです。
また、繰り返しさまざまな検査を受けているので、「大きな病院でもっと調べてもらった方がいいんじゃない」というアドバイスは不要です。
むしろ、体に負担のかかる検査をこれ以上続けるメリットはありません。
ストレスが大きな要因となっている病気ではありますが、「ストレスのせい」という言い方には注意してください。
原因をストレスだと言い切ってしまうと、周りの人は納得しやすいかもしれません。しかし、本人の自覚がない場合もあり、逆効果になってしまう可能性もあります[6]。
身体表現性障害は仮病とは違うの?
身体表現性障害の患者さんは、その症状に本当に困って苦しんでいます。意図的に何かの症状があるという演技をする「仮病」とは異なるものです。
検査をしても異常がないから「仮病だ」と言ってしまうことは、余計に苦しい思いをさせてしまうことにつながります。
Q & A
身体表現性障害とうつ病との違いは?
うつ病では、気持ちが落ち込む抑うつ的な気分と、何にも興味・関心が持てず楽しくないという症状が2週間以上続きます[3]。
身体表現性障害のように、何かしらの体の症状が必ずしも伴うわけではありません。ただ、身体表現性の背景にうつ病が隠れていることはあり得ます。
身体表現性障害は難病指定はされているの?
現在、指定難病は388疾患ありますが、この中に身体表現性は含まれていません。
難病は原因不明で治療法が確立していない珍しい病気を一般的に指します。長期の療養が必要になります。この定義で言えば、身体表現性障害も難病かもしれません。
しかし、医療費助成がされる指定難病は、さらに患者数が日本において一定の人数以下で、客観的な診断基準が揃っているものとされています。
まとめ
身体表現性障害では「こころ」の不調が身体に現れる病気です。医学的に異常はなくても、患者さん本人は非常に苦しい思いをします。
治療には長い期間を要することもあり、焦らずに根気よく通院を続けることが重要です。
参考文献
[1] 吉原一文, 須藤信行.日本内科学会雑誌. 107:1558-1565, 2018.
[2] 須藤信行. 精神神経学雑誌. 124: 570-571, 2022.
[3] 尾崎紀夫, ほか 編. 標準精神医学 第8版. 医学書院. 2021.
[4] 眞島裕樹, ほか. 臨床精神医学. 49(8); 1350-1359, 2020.
[5] 山田和男, 精神神経学雑誌. 123: 515-520, 2021.
[6] 仙波純一. 薬局. 69(9); 2849-2853. 2018.
[7] 公益社団法人日本精神神経学会.一般の方へ, 小林聡幸先生に「身体表現性障害」を訊く.(2023年7月7日閲覧).
[8] 福田倫明. 日本医事新報. 5077; 48-49. 2021.
[9] 名越泰秀. 心身医学. 59(6); 554-559, 2019.
[10] 厚生労働省. e-ヘルスネット. エクスポージャー療法.(2023年7月7日閲覧).
[11] 松岡紘史, ほか. 歯界展望. 112(5): 926-930, 2008.
[12] 富岡光直. 心身医学. 57; 1025-1031. 2017.
[13] 難病情報センター. 「2015年から始まった新たな難病対策」. https://www.nanbyou.or.jp/entry/4141 (2023年7月8日閲覧).